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115日目 8月16日(日)の旅日記 2009.08.19

テーマ:旅日記 - ジャンル:旅行 Tag [旅日記]
走行距離225km
本日の行程はこちら

05時起床。
曇りのち晴れ。

昨日の鳥海山の仁賀保高原に較べると、今日、夜を明かした八森山は随分と気温が高い。
朝から湿度も高く、いかにも夏といった気候だった。
なんだか南に下ってくるにしたがって、季節が逆行していくような奇妙な感覚を覚える。


08時22分行動開始。
まずは日本海沿いに走る国道7号へ出て、南へ。
すぐに県道61号へ入り、寄り道をしていく。
立ち寄ったのは五十川の玉杉という杉。
今まで通ってきた北海道から東北北部にかけては、生育環境が不適なのか、あまり杉の巨木を見かけなかったのだが、東北南部から信越の日本海沿岸にはかなりの数が現存しているようだ。
この五十川の玉杉も国の天然記念物指定を受けていて、推定樹齢は1500年、幹の周囲は11.4mという巨大さ。
IMG_6462.jpg

根元からある程度の高さまでは、幹が直立しているが、上部は横へ張り出した太い枝が垂れ下がり、この樹の名前の由来となった、玉のような樹形を形作っている。
IMG_6464.jpg

今なお樹勢は旺盛なようで、近くに作られた熊野神社の拝殿は、杉の根に持ち上げられて、徐々に傾いてきているそうだ。
根元に木漏れ日が射し込み神秘的な雰囲気。
IMG_6491.jpg

国道7号に戻って、南下を続ける。
日本海沿いを走る道は途中、国道345号へ替わり、笹川流れと呼ばれる区間を走り抜ける。
笹川流れは日本有数の景勝地だそうで、確かに切り立った岩と海を望む眺望はすごいのだが、やはりここも道幅が狭い上に交通量が多すぎると感じた。
休憩しようにも駐車場は有料で満車だし、そのうえ路駐の車が列を成して、国道の流れにまで支障が出てきているような有様だった。
結局立ち止まることもできず、写真の一枚も撮れず、南端の村上市まで一気に走り抜けてしまった。

村上市から南は、渋滞気味の国道7号、345号を迂回して、国道290号を走る。
こちらは田園と山里を結ぶ長閑な道で、交通量も少なく快適だった。
しかしこの付近まで来ると、今度は日差しのきつさと暑さが身に沁みるようになってきた。
気温は30度超。
オープンドライブがそろそろ厳しいくらいの温度。
これから先、関東、東海方面はさらに暑いだろうし、不安を覚える。

途中県道14号へそれて若松街道沿いに立つ、将軍杉を見学。
幹周囲19m超という超大物の杉なのだが、それはあくまで根元の数値で、樹形はご覧の通り少し変わっている。
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幹も若々しくそれほど古木然とした印象は受けない。
枝分かれしたアシウスギ、というよりも、おそらく合体木なのではないだろうか。

その後は県道41号と、信濃川沿いに走る県道1号を使って、新潟市街へ移動。
旧新潟県議会議事堂(現県政資料館)を見学。
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この建物は明治16年(1883)完成で、国内の洋風建築ではかなり古い部類に入り、明治初期の議事堂としては唯一現存するもの。
設計は、お雇い外国人指導の官の系譜ではなくて、地元の大工、星野総四郎の手による。
いわゆる擬洋館と呼ばれる建築の一つで、伝統的な様式と西洋風のスタイルを融合させた建築。
明治後期から大正期にかけての建築と比較すると、かなりシンプルな印象を受けた。
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議場周辺。
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天井の中心飾りの一つ。
IMG_6590.jpg
栗と猿がモチーフになっていて、これは「苦を去る」という語呂合わせだそうだ。
このあたり、いかにも験を担ぐ日本の大工らしい造形で、お雇い外国人の系譜には無い発想だろう。

16時過ぎには、確保しておいた新潟市内の宿に無事チェックイン。
整理しないといけないデータやブログの記事が山積しているので、明日はその処理にあてたい。
明後日には新潟県立図書館を見学の予定。

最近の読書。
吉村昭「戦艦武蔵」読了。
なぜ1号艦の大和ではなくて、武蔵を題材に選んだのか疑問だったのだが、読んでみて納得できた。
呉の海軍工廠で建造された大和に対し、武蔵は民間会社である三菱の長崎造船所で建造されている。
当然、海軍工廠と較べて造船設備も劣る上、なにより人目につきやすく機密保持にも多大な労苦を払わねばならない。
世界最大の艦体を船台から進水させるために綿密な計画を立てたり(大和のほうはもともと乾ドックで建造)、艦体を隠すために全国の棕櫚を買い占めて目隠しのすだれを巡らせたり、果ては憲兵隊を動員して、住民ひとりひとりに造船所のほうへ顔を向けさせないようにするなど、建造にはばかばかしいほどの労力をつぎ込んでいる。
その壮大なばかばかしさを、詳細なディティールと、淡々とした筆致で描ききった点がこの作品の持ち味だろう。
最後には、沈まない筈の艦が沈んでいくさまを、人がゴミのように死んでいくさまを、つぎ込んだ労力が実にあっけなく無へと帰っていくさまを、きわめて即物的に描いている。
プロジェクトX風の感動物語に仕立て上げずに、愚直なまでに淡々と描ききる、その姿勢こそがこの作品を非凡たらしめていると感じた。

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