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北海道行ってきた 5日目 9月21日 2 2011.03.07

テーマ:一人旅 - ジャンル:旅行 Tag [] [北海道]
何事もなかったかのように、しれっと更新再開。
承前。

標津から野付半島へ

標津の町で昼食を取ったあと、午後の予定について考える。
今日の投宿地は、すでに多和平と決めていて、そこが今回の旅の当初の目的地でもあった。
多和平へは標津から南西へおよそ50km。
北海道での移動速度を考えると、まだまだ寄り道をする余裕はありそうだ。
せっかくなので、地図で見て気になっていた野付半島に立ち寄ってみることにした。

野付半島は、地理の用語で言う「砂嘴」という特異な地形だそうで、一言で表現するならば、とんでもなくひょろながーい半島。
全長26kmの半島全体を通じて、かろうじて道一本を通せる程度の幅しかなく、一番狭いところでわずか十数mという驚異的な地形。

実際に、この半島を貫く道道950号線を走ってみると、海が近い近い。
まともな防波堤も無いので、ビート程度の車高でも、道の両側に海が迫っているのが見える。
ほとんど視界をさえぎるものも無く、ひたすらかなたまで道と電柱と海が続いていた。
IMG_8297.jpg
この写真は、半島の先端方向から標津の街へ向かって撮影したもので、左手の海が野付湾、右手の海が根室海峡。

よくこんな地形に道を通そうと思ったものだと感心してしまう。
暴風雨どころか、ちょっと時化ればすぐに波にさらわれしまいそうな道路だ。
そういえば、とある機会に知り合ったライダー氏から、雨の中この道を走ったときの話をきいたのだが、あまりの寂寥感に堪えかねて途中で引き返してしまったそうだ。
たしかに、この道で雨というのは心情的にもきついだろうし、物理的にも危険な気がする。

半島の途中でナラワラへ立ち寄る。
ナラワラというのは、ミズナラの森が海水に浸食され枯死して出来た水没林だそうで、白骨化した木々が海面から突き出す様子は、悪夢めいていて不吉な印象だった。
DSC04102.jpg

DSC04095.jpg

この日は陽が射していたからそれほど気にならなかったけれど、雨の中こんな景観の道を走ったら、それはさぞかし気が滅入ることだろう。
やはり上述のライダー氏には同情してしまう。

そのまま道道950号を走り、野付半島の先端部へと至る。
道道の終点で舗装は途切れ、この先は立ち入り禁止。
IMG_8304.jpg
なんにもない原野に、電柱がぽつりぽつりと連なっている光景は、なんとなくヨコハマ買出し紀行の世界を思い起こさせた。

道道の終点付近から北海道本土を望む。
IMG_8311.jpg
海面からほとんど高低差の無い土地だというのがわかる。

野付半島から奥行臼へ

標津線奥行臼駅跡

来た道を引き返し、野付半島を後にする。
その後は国道244号を海沿いに南下して、別海町へ。
目指したのは奥行臼。
奥行臼には、廃線になった標津線の駅舎が残っているらしい。
じつは去年、すぐ近くの奥行臼駅逓を訪れたときに、廃線跡も一緒に見学するつもりだったのだけど、場所がわからなくて断念した経緯がある。
今回はそのときの反省に基づいて、十全に下調べをしてきたのだ。

…実際には駅逓のすぐ南で、どうということもなく駅舎を発見できたのだけど。
去年の自分が、どうしてここにたどり着けなかったのか理解に苦しむ。

これが標津線奥行臼駅の駅舎。
IMG_8325_20101114114708.jpg
昨日訪問した中湧別駅と同じく、平成元年の廃線から既に20年が経過しているが、きちんと管理されているようで荒れてはいなかった。
こちらは、中湧別とは比べ物にならないくらい、こじんまりとした木造の建物。
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事務室の窓際に置かれた機関車の模型と黒電話が、終わってしまった夢を象徴するかのような、物悲しい雰囲気を醸し出していた。
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裏手に回ってみると、ホームや線路、信号機も保存されていた。
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他に訪れる人もなく、ひっそりとした雰囲気。
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でもこういう寂しい景色は嫌いではない。

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静かに錆に覆われ、緑に侵食されていく鉄の構造物たち。
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別海村営軌道跡

じつは奥行臼には標津線の廃線跡のほかに、もう一件、簡易軌道の遺構も残存している。
そちらは奥行臼駅舎から道道を挟んだすぐ向かい側。
簡易軌道というのは、かつて北海道各地に存在した軽便鉄道の一種であり、道路の整備されていない未開地では重要な交通手段だったらしい。
この別海村営軌道も、その貴重な遺構のひとつ。
戦後まで動力化もされておらず、馬が貨車を牽引していたという、なかなかすごい歴史を持つ軌道だ。

まず目をひくのが、昭和38年になって導入されたという自走客車。
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直列4気筒のバス用ディーゼルエンジンを流用した気動車で、車体下側に見えたドライブシャフトも自動車のものそっくりだった。

もう一台保存されている動力車が、加藤製作所製の6tディーゼル機関車。
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こちらは自走客車と違って重厚なつくりだった。

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森林鉄道なんかでよく見かける機関車に似ているけれど、この車両はおもに牧場で採れた牛乳を運搬するのに使われていたそうだ。
実に北海道らしい用途だと思う。

構内にはターンテーブルや機関庫の遺構も残っていた。
IMG_8399.jpg
このターンテーブルは軌道の規模を考えると、かなり立派なものだろう。
転車台も動力化されていたのだろうか?

奥行臼から多和平へ

廃線三昧でのんびりとしていたら、日が傾き始めてしまった。
そろそろ多和平へ向かわなければ。

道道930号をいったん南へ向かい、途中で右折して北上するルートでビートを走らせる。
この付近は、丘陵地帯に牧場が広がっていて、ものすごい見晴らしの道が続く。
道からの眺めだって十分絶景なのだけど、さらに道路わきの展望台に登ってみると…。
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こんな風景が360度、はるか彼方まで広がっていた。
この展望台はツーリングマップルにも載っているけれど(北海道版p37のE5)、訪れる人は少ないらしく、心ゆくまでこの景色を独り占めできた。

そうこうしているうちに、いよいよ日が沈みかけてしまい、あわてて国道243号へ出て多和平を目指す。
今日は空気が澄んでいるせいか、途中で見かけた夕日がとても綺麗だった。
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まるで新海誠の作品みたいな夕焼け。

IMG_8477_20101114115020.jpg
刻々と変化していく光から目が離せず、先を急ぐのも忘れて、つい景色に見入ってしまった。
気温が急激にさがり、地表付近が靄で覆われていく。

DSCN0088.jpg
黄金に染まった雲と影絵の世界。
まさにたそがれ時。

寄り道をしまくった結果、多和平に到着したのは日没後の18時。
キャンプ場の受付には、なんとかぎりぎりで間に合った。
多和平の展望台からこの日の夕日が見られなかったのが、ちょっと心残りといえば心残りだけど…。
まあ、楽しみにしていたここのカフェの自家製パンは買えたのでよしとしようか。

さて明日はいよいよ北海道滞在最終日。
苫小牧まで戻らなければ…。







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